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謙譲語Ⅱ(丁重語)「( 参る・申す」型)
自分側の行為・ものごとなどを,話や文章の相手に対して丁重に述べるもの。 <該当語例>参る,申す,いたす,おる拙著,小社
【解説1:謙譲語Ⅱとその典型的な用法】 「明日から海外へ参ります」と述べる場合「明日から海外へ行きます」と同じ内容であるが「行く」の代わりに「参る」を使うことで,自分の行為を,話や文章の相手に対して改まった述べ方で述べることになり,これが,丁重さをもたらすことになる。このように「参る」は<相手>に対する敬語として働く。 この種の敬語は,一般に「謙譲語」と呼ばれてきたが,ここでは,2の「謙譲語Ⅰ」と区別して,特に「謙譲語Ⅱ(丁重語)」と呼ぶこととする。 (注)
「参る」は「行く」のほかに「来る」の謙譲語Ⅱとしても使われる。
【解説2:名詞の謙譲語Ⅱ】 「拙著「小社」など,名詞についても,自分に関することを控え目に表す語があり,これらは,名詞の謙譲語Ⅱだと位置付けることができる。ただし,主に書き言葉で使われる。
【解説3:バスが参りました」―自分側の行為以外にも謙譲語Ⅱを使う場合「―
】 謙譲語Ⅱのうち,行為を表すもの(動詞)は,次の①又は②のように使うのが典型的な使い方である。
①「私は明日から海外に参ります」のように「自分」について使う。
②「息子は明日から海外に参ります」のように「自分の側の人物」について使う。このように,謙譲語Ⅱは,基本的には「自分側(①②の場合をまとめてこう呼んでおく)の行為に使う。
。ただし,謙譲語Ⅱは,このほか,次のように使う場合もある。
③「向こうから子供たちが大勢参りました。」「あ,バスが参りました。」「夜も更けて参りました」のように「第三者」や「事物」について使う。
③では「自分側」の行為ではない点は,①②と異なるが「話や文章の相手に対して丁重に述べる」という働きを果たしている点は,①②と同様である。③の初めの例の「子供たち」は,この文脈では「立てなくても失礼に当たらない人物」ととらえられている。このように,立てなくても失礼に当たらない第三者や事物についても,謙譲語Ⅱを使うことができる。 なお,謙譲語Ⅱは,基本的には「自分側」の行為に使うものなので「相手側」の行為や「立てるべき人物」の行為について,「(あなたは)どちらから参りましたか。」「先生は来週海外へ参ります」などと使うのは,不適切である。
【補足ア:謙譲語Ⅰ」と「謙譲語Ⅱ」との違い―
<向かう先>に対する敬語と,<相手>に対する敬語―
】 2の謙譲語Ⅰと3の謙譲語Ⅱは,類似している点もあるため,どちらも「謙譲語」と呼ばれてきたが,謙譲語Ⅰは<向かう先>(上述のように,相手側である場合も,第三者である場合もある)に対する敬語,謙譲語Ⅱは<相手>に対する敬語であり,性質が異なる。この点に関係して,次のような違いもある。
【ア-1:立てるのにふさわしい<向かう先>の有無についての違い】 謙譲語Ⅰの場合,例えば「先生のところに伺います」とは言えるが「弟のところに伺います」は不自然である。これは,初めの例では<向かう先>である「先生」が「立てるのにふさわしい」対象となるのに対し,後の例の「弟」は「立てるのにふさわしい」対象とはならないためである。謙譲語Ⅰは,<向かう先>に対する敬語であるため,このように立てるのにふさわしい<向かう先>がある場合に限って使う。 一方,謙譲語Ⅱの場合は,例えば「先生のところに参ります。」とも言えるし,「弟のところに参ります」とも言える。謙譲語Ⅱは,<相手>に対する敬語であるため,このように,立てるのにふさわしい<向かう先>があってもなくても使うことができるのである。
【ア-2:どちらも使える場合の,敬語としての働きの違い】 ふさわしい<向かう先>がある場合は,謙譲語Ⅰを使って「先生のところに伺います」のように述べることも,謙譲語Ⅱを使って「先生のところに参ります」のように述べることもできる。ただし,前者が「先生」に対する敬語であるのに対して,後者は話や文章の<相手>に対する敬語であることに注意したい。つまり「先生」以外の人に対してこれらの文を述べる場合「先生のところに参ります」の方は「先生」ではなく,<相手>に対する敬語として働くことになる。なお「先生」に対してこれらの文を述べる場合には「先生」=<相手>という関係が成立しているので,結果として,どちらの文も同じように働くことになる。このように,行為の<向かう先>と,話や文章の<相手>が一致する場合に限っては謙譲語Ⅰと謙譲語Ⅱはどちらも事実上同じように使うことができる。謙譲語Ⅰと謙譲語Ⅱとが似ているように映るのはこのためであるが,<向かう先>と<相手>とが一致しない場合には,謙譲語Ⅰと謙譲語Ⅱの働きの違いに留意して使う必要がある。
【ア-3:ます」との関係についての違い】 謙譲語Ⅰは「ます」を伴わずに使うこともできる。例えば「明日先生のところに伺う(よ)」などと「先生」以外の人に述べることがある。 一方,謙譲語Ⅱは,一般に「ます」を伴って使う。例えば「明日先生のところに参る(よ)」などと述べるのは不自然である。
以上【ア-1【ア-2】】【ア-3】のような謙譲語Ⅰと謙譲語Ⅱの違いは,要するに,謙譲語Ⅰは<向かう先>(相手側又は第三者)に対する敬語,謙譲語Ⅱは<相手>に対する敬語であるということに基づくものである。 このような違いがあるため,ここでは両者を区別して,一方を「謙譲語Ⅰ」他方を「謙譲語Ⅱ」と呼ぶことにしたものである。
【補足イ:謙譲語Ⅰと謙譲語Ⅱの両方の性質を併せ持つ敬語】 謙譲語Ⅰと謙譲語Ⅱとは,上述のように異なる種類の敬語であるが,その一方で,両方の性質を併せ持つ敬語として「お(ご)……いたす」がある。「駅で先生をお待ちいたします」と述べる場合「駅で先生を待ちます」と同じ内容であるが「待つ」の代わりに「お待ちいたす」が使われている。これは「お待のを更にに代えたものでありちする」「する」「いたす」「お待ちする(謙譲語Ⅰ)と「いたす」(謙譲語Ⅱ)の両方が使われていることになる。この場合,「お待ちする」の働きにより「待つ」の<向かう先>である「先生」を立てるとともに「いたす」の働きにより,話や文章の<相手>(先生」である場合も,他の人物である場合もある)に対して丁重に述べることにもなる。 つまり「お(ご)……いたす」は「自分側から相手側又は第三者に向かう行為について,その向かう先の人物を立てるとともに,話や文章の相手に対して丁重に述べる」という働きを持つ「謙譲語Ⅰ」兼「謙譲語Ⅱ」である。
このページは、文化庁文化審議会の答申「敬語の指針(PDF)」を基に作成しています。
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